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「人を叱ったことも、人を嫌いになったことも、ありません」。

――大倉忠司さん(東大阪市/58歳・株式会社鳥貴族代表取締役社長)

「トリキ」の愛称で親しまれている焼鳥チェーン店「鳥貴族」。関東・東海・関西に610店舗を構え、その勢いはとどまることを知りません。今年で創業33年。振り返ってみれば、若いころの大倉忠司さんは勤務先で高評価の連続でした。業界で不動の地位を築いてきた経営手腕は、そんなかつての経験そのものにありました。

 

◆苦難の創業時に力になってくれたスタッフ

「こんな場所で商売しても成功せえへんでとか、だから食材を売ることはでけへんとか。最初は何かと言われましたよ(笑)」。創業当時、周りからの反応は冷やかでした。弱冠25歳。家賃は相場の1/3という格安物件。近鉄大阪線・俊徳道駅近くで記念すべき1号店を立ち上げたものの、1年目はさっぱりでした。

昔は焼鳥といえば、赤ちょうちんに煙だらけの店内、来店客のほとんどが中高年男性という、至ってコテコテの世界。「同じ店づくりをしても仕方ないと思いました。これからは若い人たち、特に女性でも気軽に入れる店で新たな市場を創る」と一念発起。自分なりの改革に着手しました。

低価格が絶対条件。なるべく煙も出したくない。全品均一価格で繁盛していた近所の居酒屋もヒントとなり、徐々に客足が増え27席の店は行列ができるまでに。「広告もしなかったのに、口コミってすごいなと思いました」。こうして、2年目に繁盛店となりました。

忘れてならないのは、スタッフの大きな力があったこと。当時、大学生がアルバイトに従事しており、「とにかくよく働いてくれたんです。全然アルバイトらしくないくらいに(笑)。少しでも時間が空くと、何か仕事をやってくれていました」。そんな時間を惜しまない模範的な仕事ぶりを、決して見逃すことはなかったのです。

 

「楽しいこと」とは「仕事ができること」

高校2年生の夏、ビアガーデンで初めてのアルバイトを経験。今と違って昔のビアガーデンはほぼ男の職場。忙しい時間帯はかなりきつい労働です。酔った客も相手にしなければなりません。結構ハードワークかと思いきや、「いやあ~、実に楽しかったです(笑)」え、しんどいと思ったことは?「一度もありませんよ(笑)」。これは意外でした。顔見知りの客も増え、励まされたりいじられたり。無意識のうちに接客の術も身につき、ますます仕事が楽しくなったというから驚きです。

仕事が楽しいと、さらにやる気が増す。やる気が増せば、ワンランク上の仕事ができる。結果的に、上からの信用も厚くなります。やがてホールだけでなく、仕込みから焼くまで焼鳥のすべてを任されることに。「お前、なかなかやるな~みたいな感じで、すごく重宝してもらえました」。高校卒業後は調理関係の専門学校に進み、ホテルのイタリアンレストランも経験しましたが、どの職場でもやればやるだけ認められたといいます。「仕事をするのに、アルバイトも社員も関係ありませんよ」。

10代の若さで体感した、働くことの喜びと高評価。そして運命的とも思える焼鳥との出会い。それらのすべてが、今日の原動力になっていることはいうまでもありません。

 

人の悪口を言ったことのない母の教え

終始笑顔を絶やさない、温和な人柄。本当にハードな業界の人かと疑ってしまうくらい、丁寧な受け答えに恐縮してしまうほどです。「結局、人が好きなんでしょうね。年を重ねていくうちに、人のよいところだけ見れるようになってきました。だから、昔から人を嫌いになったことがないんです」。まさに目からウロコでした。

「人を叱ったことがないんですよ(笑)」。嘘でしょと思わず言いそうになりましたが、「厳しくしたからといって人が育つとは限りません。むしろ萎縮して、やりたいことができなかったり、言いたいことが言えなかったり。いいことは何もありません。社員でもアルバイトでものびのび仕事をして欲しいんです」。理屈でわかってはいても、なかなかできないこと。ここでも超ポジティブ思考の一面をかいま見ることができました。

さらに聞いてみると、「母が人の悪口を言ったことが一度もないんです。そんなひまがあったら、たくさん働きなさいと(笑)」。人が遊んでいる時に働いてこそ、自分のスキルアップにつながるのだと。人間としての生き方と働き方を教えたお母様は、大きな存在であり支えだったのです。

 

センスや才能よりも「誠実さ」

当面の目標は1,000店舗。ゆくゆくは2,000店舗。勢力を全国の主要都市へ広げるだけでなく、海外進出も視野に入れています。印象的だったのは、2003年に念願の大阪ミナミの道頓堀で35号店目をオープンさせたことでした。予想以上のロケットスタート。やはり繁華街のど真ん中や駅前は違うなと実感しました。「こんなに楽なものかと思いました(笑)。それも、創業時に色々な苦労をしてきたからこその実感。もし逆だったら、失敗していたかも知れません」。

苦労続きだった創業時に、アルバイトらしからぬ働きをしてくれたアルバイトスタッフ2人。何と、現在は専務取締役・常務取締役として会社を支えている要職にあったのです。「ともに苦労をしてきた仕事仲間。自分の夢に賛同してついてきてくれた、貴重な人財です。」。

昔も今も、仕事は「まかせることが基本」。いつも誠実でいれば、才能など必要なし。人を尊敬し、いつも誠実でいれば「夢は必ず叶います」。その自信は、これまでずっと自分自身がそうしてきたことの確信でもありました。

(取材・構成/池田厚司)