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「絶景に寄り添って働ける喜び。こんな幸せなことはありません」。

――玉谷元規さん(徳島県三好市/28歳・和の宿 ホテル祖谷温泉勤務)

岐阜県白川郷や宮崎県椎葉村と並んで、日本三大秘境のひとつといわれる徳島県祖谷(いや)渓。見渡す限りの高い山々、鋭い角度で切り込まれたV字谷など、まさにインスタ映えする絶景の宝庫でテレビやネットでたびたび紹介され、今や土日の予約がなかなかとれないという祖谷温泉。そんな人気の一軒宿で、「こんなところで働いてみたかったんです!」と、名前の通り元気いっぱいのホテルスタッフが玉谷元規さんです。去年の9月、実家のある兵庫県姫路市から単身四国随一の秘境へ。やっと出会えた接客の仕事を極めていこうと日々努め、周囲からの期待も大きいようです。

 

◆彼女募集中「祖谷川のタマちゃん」

通称“祖谷川のタマちゃん”。どこかで聞いたことのあるようなフレーズですが、30数名の仕事仲間からは、親しみを込めてこう呼ばれています。屈託のない笑顔、童顔で柔らかな物腰、カメラを向けると生真面目にポーズをとってくれるなど、サービス精神も旺盛です。取材中も、専務の柴田能成さんが「彼女募集中って書いてやっといてください(笑)」と冷やかせば、「ユニークなキャラクターの専務でしょ?」と返すなど、何でも言い合える家族的で自由な職場であることがよくわかります。“四国の男はのんびり、女はあっさり”というのが、都市伝説ならぬ秘境伝説。「本当にいい人ばかりで、もうスタッフの方全員を尊敬しています」と、仕事は充実してる?と聞くまでもありませんでした。

車で10分ほどの男子寮で、3LDKのスペースを中国の研修生2人とシェア生活。ホームシックになる暇もなく、毎日仕事はびっしり。朝食の準備から露天風呂や客室の掃除、ゲストへの対応、周辺の観光案内などなど。今では軽快に仕事をこなすタマちゃんですが、川のごとく迷い込んでなかなか脱出できない苦い過去がありました。

 

◆ブラック企業で苦い経験も

地元の工業高校を卒業後、製鉄会社に就職。ところが、当初希望の化学部門に配属されるはずがいつまで経っても旋盤部門に。しかも当時は、先輩社員が幅を利かせるという理不尽な職場環境だったのです。1年目はまだしも、2年目になるとさらに先輩からの理不尽な風当たりに苦しめられました。「仕事そのものはきつくありませんでしたが、職場のムードは最悪でした」。いわゆるブラック企業の一端をかいま見て、3年で退職。どこの工場でもヘルメットにも“安全第一”と書いてあるのに。「とんでもありません。“危険第一”でしたよ(笑)」。

次の仕事は、電子部品の組立工場でした。仕事内容や職場環境は悪くなかったものの、年齢とともに色々と不安材料が次から次へと。「やっぱり年齢的な点でしょうか、20代後半に差しかかってきて、もっと自分で納得できる仕事がしたかったんです」と、面接試験も数多く受けました。

気がつけば3年。最初の就職から数えて6年が経過していました。「焦りましたよ~(笑)」。でしょうね。そこでふと頭をよぎったのは、子どものころの体験でした。

 

◆子どものころの家族旅行がヒントに

 下に妹がいる4人家族。子どものころから家族で旅行する機会が多く、ゴールデンウイークやお盆、お正月など、少なくとも年3回は出かけていたほどの旅行好き一家でした。子どもも大人も楽しめる旅行先だったり、温泉に特化した観光地だったり。「プランの中心は両親でしたが、どういうわけか温泉が好きだったです。高校生の時に体験したユニークな泉質がたくさんある別府がよかったです」。若いのに何と。

旅館やホテルで働きたい!子どものころの体験がずっと心の奥底にあったのでしょう、やっと自分のやりたいことに出会えました。「6年間はちょっと長かったような気もしますが」、ネットで選んだ人材派遣会社数社に登録。早速翌日には1社から引き合いがあり、寮つきの住み込みが条件でしたが、迷うことなく即決。2017年9月16日、見学日だったその日が、記念すべき入社日となりました。「秘境でくらすことの抵抗?全然(笑)。こんなに自然がいっぱいなんて贅沢すぎます。ウサギやタヌキ、日本カモシカ、ムササビやサルたちにもいっぱい出会えますよ(笑)」夏でも涼しい秘境の避暑地。出会いたいような出会いたくないような。

◆異例のスピード辞令に感動

息子の門出を、誰よりも喜んだのは両親でした。わが子の就職ほどうれしいものはありませんから。「いや、違うんですよ。実は両親が新婚旅行で四国を訪ねた時、どうしても泊まれなかったのがこのホテルだったからなんです。これって、あまりにも運命的だと思いません(笑)?」。そのうれしそうな表情をみていると、玉谷家に家族旅行という習慣があったからこそ、良好な親子関係が築けたに違いないと感じました。

去年末、めったに会えない植田佳宏社長とホテル内でバッタリ。「社員になりたい?」「はい!」「わかった」。1分にも満たない短い会話でしたが、今年1月1日付で晴れて正社員に。派遣として採用されて以来、わずか3カ月で正社員というスピード辞令。「いやあ、もうめっちゃくちゃ感動してしまいました!」。見る人はちゃんと見ています。きっと期待されているんですよ。

20代後半でつかんだ夢。まだまだこれから。料理の知識を増やしたいし、地元の民謡を覚えたいし、サックスの吹ける支配人と音楽でコラボしてみたいし、インスタ用に観光スポットをもっと勉強しておきたいし。何より、「お客様から名前を呼んでいただけるようになりたいです!」。なるほど。であれば、一度こられたお客さんの名前と顔を忘れないようにしないと。「あ、そうですね。ありがとうございます!」。どこまでも素直なタマちゃん、秘境初のコンシェルジェ誕生となるかも知れません。

 

(取材・構成/池田厚司)